ドラマティック北浜町

Fuji Cafe 1977 BLUESPOON北浜店のアイス珈琲は全種200円税込(訳なしw)
北浜町はドラマティックな海町です。
かつては沖仲仕と言う士業がありましてねー。
港の整備がイマイチな時代、沖の貨物船から荷物を積み替える📦労働力が必要だったのです。
腕力勝負の沖仲仕、ドリフトする漁船は黒煙を上げ荒くれた海と同期した勇美を放っていました。
北浜店は労働colour発、毎日飲める価格設定^_^
200円アイス珈琲を淡々とサービス中です。
これはドキュメント^_^なのです。

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#fujicafe1977
#bluespoon北浜店
#かき氷
#アイス珈琲は200円
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4月は別れの月

30年前に完成した向かいのレクザムホール、
高校を卒業したばかりだった僕は、fujicafeのお手伝い。
当時、工事👷‍♂️に携わっていたお客様のお顔は
今でも覚えていますよ。
県民ホールからアルファあなぶき、
レクザムホールへと月日が経ち今は2018年の4月です。
新年度は別れの月、
またも工事の終わりと共にお客様との別れです。
顔は忘れないから必ず「久しぶりー」で、
お迎えさせて頂きます。

半ドン

半ドン?
1960年代の俗語かな?
→1977のFuji Cafe、僕の半ドン御飯はイタスパでした。
ZONDAG(ドンタク)はオランダ語で日曜の意味(^^)
オランダ→長崎→官公庁→学校→土曜→午前中授業で午後は日曜→半分ドンタク→半ドン
我家のイタスパは、
赤ウインナーが効いてて、ヌードル多め、卵無し、オイリー🤞
フニャデンテな概念を疑わなかったなぁー。
汁だくの明星焼きそばと御飯もはずせませんww

茹で卵か焼いた卵のサンドイッチ

純喫茶のサンドイッチ、マヨ少なめ、辛子が効いてた。
「哀愁あって泣きそうなるわぁ」
マヨ和えしない卵は、口の中が砂漠化しますぜーw
冷ました珈琲かアイス珈琲をゴクゴクいきたいね。
マヨ、茹で卵は口元やタンブラー(コップ)の淵が汚れる。
デート❤️や御高齢の方へは配慮すべし。
サービスにおいては人生の先輩に恥をかかせてはならぬ
マヨ少なめ焼いた卵のサンドイッチ、僕好き。
♫よろしく哀愁←パクりです、知らんと思うけどw



人間with珈琲

1977年の北浜町は潮風にライドした海と油の香り漂う町。
少しだけデンジャーな時代のケバい電飾も大好きでした。
僕は、この土地で小2の時から珈琲を淹れてたw.
小遣いもくてきで親の手伝い→ショボいぼんくらでした。
だから惹かれたのは珈琲より当時のカフェストーリー。
仕事、家族、ダチ、恋人、当時の人間with珈琲ラブです❤️
小2から珈琲and俗習がリアルだった僕に限っては、
珈琲には間違いも正確もないんだぁー。
僕の珈琲こそ間違いって言われそうだし、
ビジネスとしても非効率かもしれません。
でも僕だって珈琲に関わりたいです。
当時、確かに存在した人間俗習with珈琲をこのページで過去現在を行き来しながら紹介させてね。
改めて、こんな僕に担当させてくれたBLUE SPOON本店の皆様には大感謝✌️
今日も心スケスケヌードな北浜店の藤村です。

プロフィール

ふじむらくん

Author:ふじむらくん
こちらは高松市北浜町15-11
サンセットが綺麗なフェリー通り。
遥か1977年、この場所には
FUJIと言う茶店がありました。
実は私達は、
その茶店の長男と次男です。
この度、
Fuji Cafe 1977を兄弟で
担当させて頂きます。
遥か1977年、
電飾ギラギラのケバい時代、
当時の私(弟)は小学2年生。
お客様の珈琲ライフと共に
この海町で育ちました。
その経験から感じていた事、
それは???
「珈琲には、
人に作用する不思議な力と
役割があると言う事」

運転手さんや技術者さんの
ブラック珈琲。

深夜ラジオと宿題と
甘~い珈琲。

トーストを珈琲に
ドボンのおばあちゃん。

僕の大好きな銭湯の
湯上がり珈琲牛乳w.

うんうん!
今も変わらず心にインスト
されているあの頃の味(笑)
きっと、
あなたのお母さんや大切な
人が作ってくれた珈琲が、
あなたにとってはベストなはず。
どうぞ当店へは、
肩の力を抜いてお越し下さい。
ブラックでもwith砂糖ミルクでも
お好きな飲み方で心をリカバリー。

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